『俺ら東京さいくだ』と過疎化、人口減少の関連性について分析結果

吉幾三さんが歌・作詞・作曲を手掛けた歌謡曲『俺ら東京さいくだ』。
この曲に隠された、過疎化と人口減少の関係が明らかになったので、記事にしてみました。

まず、歌詞について。

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引用 『俺ら東京さいくだ』1984年(昭和59年)
歌:吉幾三 作詞:吉幾三 作曲:吉幾三

テレビも無エ ラジオも無エ
自動車(クルマ)もそれほど走って無エ
ピアノも無エ バーも無エ
巡査(おまわり)毎日ぐーるぐる
朝起きて牛連れで
二時間ちょっとの散歩道
電話も無エ 瓦斯(ガス)も無エ
バスは一日一度来る

俺らこんな村いやだ 俺らこんな村いやだ
東京へ出るだ
東京へ出だなら 銭コア貯めで
東京で牛(ベコ)飼うだ

ギターも無エ ステレオ無エ
生まれてこのかた見だごとア無エ
喫茶も無エ 集いも無エ
まったぐ若者ア俺一人
婆さんと爺さんと数珠(じゅず)を握って空拝む
薬屋無エ 映画も無エ たまに来るのは紙芝居

俺らこんな村いやだ 俺らこんな村いやだ
東京へ出るだ
東京へ出だなら 銭コア貯めで
東京で馬車引くだ

※そうしましょ、そうしましょ、そうしましょったらそうしましょかぁ。

ディスコも無エ のぞきも無エ
レーザー・ディスクは何者だ?
カラオケはあるけれど
かける機械を見だごとア無エ
新聞無エ 雑誌も無エ たまに来るのは回覧板
信号無エ ある訳無エ 俺らの村には電気が無エ

俺らこんな村いやだ 俺らこんな村いやだ
東京へ出るだ
東京へ出だなら 銭コア貯めで
銀座に山買うだ

俺らこんな村いやだ 俺らこんな村いやだ
東京へ出るだ
東京へ出だなら 銭コア貯めで
東京で牛(ベコ)飼うだ

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時代背景もあるが、実はこのようなメッセージ性がオブラートに包まれたコミカルな歌詞の歌謡曲は、
昭和期にはたくさん存在している。でもここまでストレートで奥深い楽曲はすくない。

分析をするまえに、作詞した吉さんの簡単なバックボーンを知る必要があります。

吉さんは、本名は鎌田善人さんとされており、1952年(昭和27年)に青森県北津軽郡金木町生まれです。
15歳の時に歌手になるため、上京したとされています。

いまでこそ交通路が整備され、仕事も住む場所もわりと見つけやすい時代ですが、
昭和40年初頭に当時中学を出たての少年が親の反対を押し切り青森から上京するというのは、かなり強い思い入れがないとなかなか難しいでしょう。

『俺ら東京さいくだ』は、そんな吉さんの幼少期の環境などをデフォルメして発表された楽曲です。
発表時の1980年代は、地元の人からさすがにそんなひどい環境ではない、誤解を招くとクレームがあったそうです。

いよいよ、歌詞と過疎化、人口減少の因果関係に迫ります。

最初のAメロから分析してみます。

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テレビも無エ ラジオも無エ
自動車(クルマ)もそれほど走って無エ
ピアノも無エ バーも無エ
巡査(おまわり)毎日ぐーるぐる
朝起きて牛連れで
二時間ちょっとの散歩道
電話も無エ 瓦斯(ガス)も無エ
バスは一日一度来る
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いきなりテレビもラジオもないと嘆いており、車もほとんど見かけないと訴えています。
次にピアノやバーがないことを並べて表現し、巡査(おまわり)は来る日も来る日もぐーるぐる?と謎の比喩。
朝起きると2時間半ぐらい散歩して、さらに電話やガスがないことを訴えている。
そして、バスは1日に1回は来るらしい。むしろ来ないとなっていないところに、一縷の望みがあるのを感じます。

おそらく吉さんの幼少期、1950年代はおそらくこれに近い状況だったのでしょう。
高度経済成長を挟んで、これらのいくつかが存在するようになっていたはずですが、
上京するモチベーションに対する、強いトラウマであったことが予想されます。

恐らく牛を連れて散歩は午前8時半には終わっていたはずなので、日が沈むまでの間はとにかく毎日退屈で刺激のある都への羨望がつよくなる側面があったのかもしれません。こういった心理は現代でも大半の若者が持ちやすい傾向にあることです。
すでに過疎化の要因が熟成されているわけですね。

そしてヒップホップ調で続く曲はすぐにサビに突入します。

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俺らこんな村いやだ 俺らこんな村いやだ
東京へ出るだ
東京へ出だなら 銭コア貯めで
東京で牛(ベコ)飼うだ
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ストレートです。

こんな村いやだ。こんな村いやだ。

と連呼。

若者のストレートな感情表現です。
政治的な駆け引きや、歪曲表現は一切なく、むしろ純文学詩です。ブルーハーツです。

東京へ出て、出たなら銭コア(資本)を集めて、牛を飼うと主張しています。
実際は、将来的に十分な資本を手にしても牛を飼うことはしないはずですが、その時点では故郷に対する強い愛情が残っていて、恐らく半分は本気で考えています。

この時点で故郷へ戻る前提はないと判断でき、故郷愛はあるものの一刻も早く東京へいきたい、東京へいけなくても、埼玉ぐらいまではたどり着きたいという欲求がうかがえます。この時点では過疎化だけで、人口減少へはまだ関連性が見えません。

つぎのAメロでは、
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ギターも無エ ステレオ無エ
生まれてこのかた見だごとア無エ
喫茶も無エ 集いも無エ
まったぐ若者ア俺一人
婆さんと爺さんと数珠(じゅず)を握って空拝む
薬屋無エ 映画も無エ たまに来るのは紙芝居
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ギターやステレオといった、音楽に関係が深いものを生まれてから一度も見たことないといっています。
恐らく、吉さんの故郷にはあったものの、津軽三味線以外の楽器や楽曲は、地域の多くの人たちから否定的な扱いをされていたのかもしれません。
実際、そのような抑圧があったことを吉さんの別の曲のいくつかの歌詞からうかがえます。

そして、喫茶店や集まる場所もなく、若者が自分一人だと衝撃の告白をします。
若者が一人だとすると、吉さんが東京へいったら完全に過疎化となるわけですが、ここでは恐らく他に若い人たちもいたのでしょうが、新しいものや文化を受け入れる感覚を持った人=若者、という意図があったように見受けられます。
そのあと老人たちは数珠をもって空を拝むけれども、薬屋や映画館など文化や文明を感じさせる施設はなく、たまに紙芝居がくる程度と、かなり皮肉にも聞こえる表現で締めくくっています。

そしてサビになりますが、今度も東京さいぐだと、ストレートな表現を繰り返しながらも、東京で資本を手にできたら『東京で馬車引くだ』と、やはり自分のバックボーンをもとに故郷への愛情とも思える表現で締めくくります。

この後、間奏になりますが、その間も、

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そうしましょ、そうしましょ、そうしましょったらそうしましょかぁ。
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と、明るい調子で独白のようなセリフが入ります。もしかすると自分だけでなく、同じ気持ちを持った別の地域の若者にも訴えかけているのかもしれません。

これは過疎化の誘発メッセージです。

そして最後のAメロでは、

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ディスコも無エ のぞきも無エ
レーザー・ディスクは何者だ?
カラオケはあるけれど
かける機械を見だごとア無エ
新聞無エ 雑誌も無エ たまに来るのは回覧板
信号無エ ある訳無エ 俺らの村には電気が無エ
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ディスコやのぞきといった夜のお店に関する、歓楽街を彷彿させるものがないと嘆き、レーザー・ディスクにいたっては擬人法で東京との距離感を表現しています。

カラオケ機器は勿論なく、新聞や雑誌でさえもなく、回覧板のみが読みものであるとし、自分が住んでいる村?を強烈にディスっているのです。
あげくに信号がないと嘆き、さらにあるわけがないとダメ押し。なぜなら電気がないと、言い切っています。水道がないといわないのは、井戸水や川水の利用に関して、肯定的な心象があったに違いありません。

このあとサビが2回続くわけですが、

銭コアためた後、『銀座に山買うだ』と言っています。戦後からずっと富裕の象徴であった銀座に山を買うという、どでかい野望を謳ったあと、最後にまた『東京で牛(ベコ)飼うだ』と、故郷への愛情の強さを訴えています。当然、万一銭コアが山を買えるほどたまったとしても、銀座に山を買うことも、牛を飼うこともしないでしょう。
おそらくハイタワーマンションとか、土地の高い都内に一戸建てを立てるとか、不動産事業に投資するとか、そういう風に変わっていくはずです。

それでも『銭コアをいくら貯めても俺は変わらん。』と頑なに自身の純朴が不変であるように、サビの最後で表現しています。

ただ重要なことは、東京へ出たあと、吉さんが言うように銭コアを貯められる人はほんの一握りで、ほとんどの人は東京の高い地価や生活費と税金の支払いに疲弊して、生活をするのが精いっぱいになります。

したがって、子供を作ることはおろか結婚すらまともに考えられなくなります。

そうです、ここで過疎化からの人口減少が連動します。
地方で生産された労働力が中央に吸収されていく。しかし、家庭を築くのが難しくなるから、一過性の人口移動で終わっていく。

閉鎖的で保守的な村社会は安住の地にはなるけれども、ある時期がくると継続できないまま消滅してしまう。
そんな状況を変えたいと熱望して、東京へ行くことを決意する若者の心情歌。

総じて『俺ら東京さいくだ』は、多くの若者の心情を明確に謳いあげた楽曲であり、表現は訛りを入れてローボールのように見せてますが、ヒップホップやラップを取り入れた、ビートルズやローリングストーンズの楽曲に近いものが根底にはあるのではないかと感じます。

近年の日本は、地方自治体では毎年緩やかに人口減がすすみ、東京や大阪などの一部の都府県でしか人口が増えていない傾向が顕著です。
吉さんの歌詞が訴えていることは、過疎化や人口減少の明確な一因であり、過疎化や人口減少の回避へのヒントがたぶんに含まれているのではないでしょうか。